ゲリラではないゲリラ豪雨、本当に危険な特別警報。

異常気象

昨年の夏は気温が非常に高く、名古屋などいろいろなところで過去最高記録を更新しました。同時に多くメディアに報道されたのがゲリラ豪雨です。多量の降雨は樹木にとっても重大な現象になります。また、気象によって倒木や枝が折れることで人命に危機をもたらすこともあります。危機感を高める報道はとても大切です。しかし、私はこのゲリラ豪雨に対する報道の在り方を疑問に思っています。今回は気象とメディアについて自分の意見を述べていきたいと思います。

 

ゲリラ豪雨と特別警報

報道される雨の気象現象はたくさんあります。「大雨警報」「集中豪雨」「ゲリラ豪雨」などいろいろな表現をされます。平成25年には「特別警報」というものもできました。では、これらの情報を得たときに、どの警報が、どれだけ危険なのか分からない方が多いと思います。私も植物を勉強する上で気象を学び始めたのですが、それまでは全く分かりませんでした。しかし、生活する上で危険の判断はとても大切なことです。この雨に関する報道に対しても、正しく理解する必要があります。

では、この夏場によく聞くゲリラ豪雨とは何なのでしょうか?

このゲリラ豪雨とは「ゲリラ戦」を語源としています。不正規戦闘を行う民兵またはその組織が、奇襲、待ち伏せ、後方支援の破壊といった攪乱や攻撃を行う戦法のことをゲリラ戦といいます。この戦い方になぞらえて、突発的に起こる短期的かつ局所的な大雨に対して用いられるのがゲリラ豪雨です。

しかし、このゲリラ豪雨というのはメディアが作った言葉であり、国が使用する正式な警報や注意報ではありません。また、集中豪雨は学術的に使用されることもありますが、降雨量などの基準がある言葉ではありません。どちらも発信者の主観で表現されるものです。

この国の基準ではない情報発信の仕方は、どうなのでしょうか?賛否あると思いますが、私は反対です。まず第一に、国の出す警報とは違うため、国民に混乱が生じます。例えば「ゲリラ豪雨」という言葉と「特別警報」という言葉、どちらが危険だと思いますか?これも受取り手の主観によりますが、ゲリラ豪雨の方が危険度が高いイメージを持つ方もたくさんいると思います。しかし、この「特別警報」は、気象庁が出す警報の中で一番警戒を強めなくてはいけない警報です。特別警報とは、平成25年8月に施行されたもので、気象庁は重大な災害の起こるおそれがある時に、警報を発表して警戒を呼びかけます。これに加え、警報の発表基準をはるかに超える大雨や大津波等が予想され、重大な災害の起こるおそれが著しく高まっている場合、「特別警報」を発表します。例えば大雨の特別警報であれば、数十年に一度の、これまでに経験したことのないような大雨が来る可能性があります。このような警報の危険度や重大さが国民にしっかり伝わらなくなってしまうのは非常に問題だと思っています。

また、この予測されたものをゲリラと表現することもどうかと思います。昨年の報道を見てみると、お昼の番組ではすでに「本日は夕方ごろ、ゲリラ豪雨が起こる予想です。」と報道しているのをよく見かけました。私はこの報道を見ると「これはもうゲリラではないのでは?」と思ってしまいます。予想されるようになってきている時点で、「突発的」という意味では合っていますが「奇襲的」ではなくなっているわけです。これでは気象を研究している方たちが毎日データを管理し、研究した末に予想できたことに対して、あまりにも敬意がないと思います。

しかし、この「ゲリラ豪雨」というキャッチ-でインパクトの強い言葉により、国民の危機意識を高めるのには成功しているとも感じます。逆に「特別警報」のネーミングは他になかったのかとも思います。もっと命の危険を伝えられる名前を考えるべきだったのではないかと感じています。あくまでも個人的な感想です。

 

テレビを見ることが当たり前ではなくなった現代では、どこからどういった情報を得るのかが非常に重要になっています。情報源の選択に自由度が増した分、発信者も印象の強い言葉や誇張した表現がさらに増えていく時代に突入しました。正しい情報源を探して判断をすることが、自分や家族の命を守ることに繋がりますので、とにかく特別警報は命が危ないということだけでも覚えていただければと思います。

 

ではまた。

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